らんだ・ナチ/2

イングロリアス・バスターズ』をようやっと観ました。やっとこの本読めるよ。

タランティーノ映画の常で今回も2時間半あるけど、まったく退屈しなかった。
今年はできたら『アバター』を観るつもりだけど、観れない可能性が高いのでコレが〆になりそうです。
でも今年最後がこれってのも悪くない。ジャイアント・フェイスの記憶で迎える新年。おめでたい感じでイイじゃないか。
予告でも流れてる場面だけど、あの「アーハッハッハハハハハ!!」の場面、最高ですよ。


いろんなところで言われてるけど、今回は『レザボア・ドックス』の風味がありますね。
正体を隠して潜入、目的を果たすという、話自体が同じってのもあるけどなにより雰囲気がレザボア的。
とにかくドライ。殺伐としていて温情ってもんがあまり感じられないんです。
登場人物の多くが、突き詰めれば殺人を目的にしてるわけですから当たり前っちゃ当たり前です。
軍隊方面の人達は職業的な面から、民間人はイデオロギーとか復讐とかの個人的な面から、それぞれ「殺る」が大前提。
ガイガンやジャンクマンみたいなもんですよ。他はなしでそれしかない。
脚本段階では各人にもうちょいフォロー描写があり、やや潤い成分が多かったそうですが。
そんなフリーズドライでバサバサなところに、トンマ味の薬味をたっぷり入れてくるからたまらない。
そういやレザボアや『パルプ・フィクション』の頃、タランティーノの特徴としてバイオレンスとジョークが入り混じってることがあげられてましたね。
ジョン・ウォーターズ先生が褒めてたっけ。あんまりにも酷い状況にいると、もう悲しんでもしょうがないから笑い飛ばすしかない。タランティーノはそこを分かってるよね、と。
そういったこと思い出しました。
レザボアとか、かっての作品を思い出させられる要素はもう1個あって、それは金かかってなさそうってことです。
舞台となるのは映画館とカフェと飲み屋と森の中という、頑張ればオレの地元、山口県でもできそうなとこばっかじゃん。
山口県でなくとも、広島、鳥取、島根、岡山の中国五県のどこでもできるって。
銃撃戦もホンのチョット(しかも室内)しかないし、モブシーンだって200人以下だろうし、どこでも許可でるよ。
制作費がいくらだったのかは知れんけど、半分はブラッド・ピットの出演料だったんじゃなかろうか。


その一方で、手間はものすごくかかってそうですけどね。
配役はバイリンガルが当たり前で、トライリンガルだって必要とされている。これだけでも大変そうだ。
数ヶ国語を話せたとしても、それが演技として通用するレベルかってのは別の話だし。
例えば『キル・ビル』でルーシー・リューが披露した日本語って、実はけっこうなもんだったじゃないですか。
でもそれは外国人による日本語としてはイイというだけで、台詞回しということで考えるとチト辛い。
そういう条件に加え、表情など台詞以外の演技や、容姿だって問われるワケですよ。
それらをクリアする人材集めろって、素人目にもムチャクチャですよ。
しかもトライリンガルは誰よといえば、事実上の主役であるハンス・ランダ大佐。無理難題もいいところです。
なのに「でも、やるんだよ!」で実現しちゃった。面倒くさい、忍耐を要求される仕事だったと思いますよ。


こういう面倒を避けないってのは、立派だけど自己満足で終わっちゃってることがよくあります。
細部まで気を配ってるだろ?神、宿ってるだろ?と自慢気な顔が透けて見えてウンザリってことあるじゃないですか。
気を配ってるけど、配ってるだけでさしたる効果もなく、だからどうしたってこともよくある。
しかし本作は、単に複数の言語が使われるってだけでなく、それを生かした展開があるじゃないですか。
話が通じたり通じなかったり、発音が訛ってるのが気になるとか、そうしたことでサスペンスを作り出す。
あるいは笑わせる。その最たるものが「ボン・ジョルノ!」ですよ。そんなんオレでも言えるよと大笑いしました。
あと冒頭の「オレも話せるけど、キミも英語話せるんだね。じゃあ以下英語でいこう」も可笑しかった。
近くに外国人の、ジョン・ミリアスみたいな顔したオッサン客がいたんですが、件の場面で「ブヒャハハ」と笑ってました。
面倒を避けず、かつそれを生かすって、当たり前のようだけど実践してる作品は限られているのが実情。
そんな中、この『イングロリアス・バスターズ』ちょいと輝いてみえるんですよ。ああ、面白かった。


しかし、ラストは絶句しましたね。いや、ああいう形で終わることに異存はないんです。『柳生一族の陰謀』とかあるし。
『必殺』のスペシャル版なんてもっとヒドイ。ジェロニモは次郎長だったとか。吉良を討ったのは仕事人だったとか。
そういうのをたらふく味わってきたから問題はないけど、でも普通はなにかしらのフォローがあるじゃないですか。
『柳生一族〜』は「でもこういうことは史料には残ってない」とか言ったり、必殺シリーズは正反対の方向で「これが歴史的、事実である」とか言ってみたり。
どうにせよ、バーンとかました後でなにか一言あって、そのおかげでオレらも咀嚼できるワケじゃないですか。
でも本作はフォロー一切なし。なにかあるだろと思って待ってたら、客電着きましたよ。