愚かな女になりそうです...マル

セーラー服と機関銃』をようやく観たんです。
20年以上前とはいえ鑑賞済みだし、原作を読んだしと、確認作業にしかならんかもと実は心配しておりました。
しかし、実際に観てみると忘れていた部分が大半で、ほぼ新作として鑑賞できましたね。
原作と比較すると、基本的には同じだけど、味付けがかなり違っているので別物として受け止めました。
つまり、面白かったんです。大いに楽しみました。なるほど今でも語られるわけだと。


同時に物凄くやっかいな映画でもありました。どう間合いを取っていいのか分からないんですよ。
その理由として、まずオレが80年代初頭の雰囲気を知らないからってのがあるはず。
生まれちゃいたけど、田舎の小学生だったから。当時はガンプラで頭いっぱいだったよ。
観てると、所々に引っかかる描写があるんですが、それ判断ができない。
例えば、薬師丸ひろ子が演じる星泉が、組員に対し「あなたクルージング?」と言う場面があるんですよ。
その組員はゲイで、渡瀬恒彦が演じる佐久間に惚れていているわけですよ。
オレだってクルージングとはフリードキンの『クルージング』だってことぐらい分かるから、違和感はないですよ。
分からないのは、クルージング=ゲイって使い方が、当時それなりに一般的だったんだろか?ってことです。
それとも一部に向けた気の利いた台詞だったのか、星泉がそういう物言いをする変わった少女なのか。
意図的に変わった味わいを出してるのか、ごく普通の描写を勝手に特殊なものと受け止めてしまってるのか。
その辺でいちいち悩むわけですよ。
まあ、観ている分には大したことじゃないんですがね。昔の映画を観る時にはありがちな話だし。


やっかいと感じた最大の理由は、もちろん星泉のキャラクターですよ。
なんとなくは把握できるけど、いざ言葉にしろと言われると凄く困るんですよ。
まあ、アレですよ。「10代後半の少女が持つ危うさ」とか「少女と女の狭間」とか、そんな風に言えなくもない。
しかし、そう言い切ってしまうのも変な気がするんですよ。
無意識のパイドパイパーと言いますか、あっさり味のファムファタールと言いますか、そんな風味。
原作でも能天気なのか冷酷なのか、よう分からんキャラクターだったけど、映画版はさらにその風味が増している。
映像も撮影のせいかフィルムの質感のせいか、やたらドライだし。
内容を考えると、ドライどころか生々しい、肉棒感たっぷりの場面ですら、冷たい印象があります。
だからって、ロボットだからマシーンだからダダッダーってわけじゃないんですけどね。
前にこんなこと言ってたんですよ。http://d.hatena.ne.jp/nikuzombie/20080612
記憶以上に変態じみた描写が多く、特に“ふとっちょ”はホントに変態だったんですよ。
でもその変態ぶりも、星泉にかかると結果的に矮小なものになってしまう。
やってることは大仰でも、結局はインポジジイがセックスの代償行為してるだけじゃんとなってしまう。
それどころか、その程度のことのために、そこまで大げさなことしてんのかよ!となってしまってる。
もちろん、そういう風に映画を作ってあるんですけどね。


いやあ、どう言っていいのか。結局まとめきらんですわ。
でも1つ言えるのは、34歳のオッサンになってから観なおして良かったってことです。
この当時の薬師丸ひろ子はメチャクチャ可愛いしね。
ショートカットのおかげで、昔のアイドルを見ると、髪型のせいでどうしても感じてしまうダサさとは無縁だし。